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大阪地方裁判所 昭和39年(わ)4336号 判決 1965年2月26日

被告人 M・M(昭二〇・一二・一八生)

主文

被告人を死刑に処する。

押収してあるドイツ製小型拳銃一丁(昭和四〇年押第八九号の九)同拳銃実包四個(同号の七および一〇)を没収する。

押収してあるトランジスターラジオ一台(同号の三)腕時計一個(同号の四)を渡部豊子、同実、同規之、同寿光に還付する。

理由

(被告人の経歴)

被告人は炭坑夫をしていた父○○郎、母○○コの四男として福岡県北九州市若松区において生れ、同区○島小学校に入学したが両親の夫婦仲はやや円満を欠き、一時別居するなど愛情の乏しい不安定な家庭環境であつたためもあつて小学校六年生頃から素行が悪くなり同区第○中学校に進んでからは一段と、ぐ犯性を高め怠学、家出、放浪を繰り返し、中学二年生の昭和三五年一〇月頃には原動機付自転車を窃取して家出し来阪の途中さらに岡山市でタクシーを窃取して自ら運転中事故を起して逮捕されるなど、その非行性も極めて顕著なものとなつた。同三六年一月、福岡家庭裁判所小倉支部において、保護観察処分に付されたが、依然として学業を怠け、兄、姉らもほとんど手の施しようがなく同三七年二月母○○コが肺結核のため死亡した際も被告人は家出中であつた。同年三月辛うじて前記中学を卒業したが、その直後父○○郎が癌で死亡し、相次ぐ両親の死去にあい被告人も一時は、神妙に控えているかに見えたものの、前述のような節度のない生活歴によつて、被告人にはもはや地道に正業について、働く勤労意欲も根気もなく、同年四月頃から鉱員として勤めた職場も短期間で放棄し、親戚を頼つて、神奈川県横須賀市に赴き、バーテン見習いとなつたが、ここでも店の売上金を持ち逃げして、放浪し、その間山口県下関市の暴力団合田組系重見組組員となり、不純異性交遊、入れ墨などして無為徒食し、その頃、恐喝事件を犯してついに同年一一月前記裁判所において中等少年院送致の決定を受けるに至つた。同三九年二月一一日、兄や叔父などの出迎えを受けて熊本県の人吉農芸学院を仮退院したが、さらに更生の意欲乏しく同じ職場に長続きせず、同年四月再び傷害事件を起して少年鑑別所に収容され、同年五月五日出所し、右事件は不処分となつたがその後は一、二の職場で短期間働いたのみでほとんど友人宅などを泊り歩き、パチンコに明け暮れし、その間後記判示第二(二)記載の窃盗を敢行し、同年七月一〇日頃前記少年院で知り合つた友人の口ききで北九州市若松区一帯に勢威を張る暴力団田中組幹部上野哲夫の若い者となり同人の経営する海水浴場休憩所の手伝いをするうち同年八月六日後記判示第二(一)記載のとおり右上野哲夫の拳銃を窃取し、これを携え来阪し、その余の各犯行に及んだものである。

(罪となるべき事実)

被告人は

第一、前記のように拳銃を手に入れたその足で同三九年八月七日朝来阪したが、大阪には以前、来たこともあり、また友人も多数稼働しているのでなんとかなるだろうという安易な気持であつたところ、尋ねる友人の所在が判明せず同月九日頃には早くも自暴自棄的な気持になつて、このうえは遊べるだけ遊ぼうと考え、拳銃と一緒に窃取した腕時計を入質して遊興費を作り、大阪市浪速区通称新世界付近の旅館安宿に宿泊しては付近の歓楽街で映画を見たりパチンコをしたりして遊興にふけつていたが、同月一一、二日頃になつて所持金も乏しくなり帰郷の気持も動きそこで帰郷に必要な旅費だけ残して使い果し、最後には所携の拳銃で恐喝などして金を作つて離阪しようと思うようになつた。同月一四日になつていよいよ所持金も旅費としての金二、〇〇〇円位のみとなり同日夕刻頃から犯行の計画をあれこれねつたが、結局大阪の地理に不案内な被告人にとつては簡単に現金の手に入るいわゆるタクシー強盗にしかず、タクシー運転者を襲うにはかつて、一度訪れたことのある大阪府八尾方面の淋しい所へ運行させる以外になくかつ、同所附近において運転手を所携の拳銃で射殺し、金品を強取しさらにそのタクシーを強奪して大阪府外に逃走しようと企て、同日午後一〇時頃大阪市浪速区恵美須町三丁目一三六番地付近路上において大阪交通株式会社タクシー運転者渡部富郎(大正一五年二月二日生)の運転するトヨペッ卜クラウン六四年型乗用自動車に乗客を装つて乗りこみ同人に対し「河内に行つてくれ」と指示し、同日午後一〇時三〇分頃、大阪府八尾市大字千塚字古池九四番地先路上に至るや、付近が池の傍で淋しい所であることを見届けたうえ、停車を命じ、同車後部座席から身を乗り出し、矢庭に同人の背部をめがけて所携のドイツ製小型拳銃(昭和四〇年押第八九号の九)を一発発射し、その左背部から右肺部に達する盲貫創を負わせ、同人の反抗を抑圧したうえ、同人保管にかかる現金一五〇〇円、腕時計一個(時価約五〇〇〇円相当)(同号の四)およびトランジスターラジオ一台(時価約一〇〇〇円相当)(同号の三)ならびに現金約三〇〇円在中の右乗用自動車一台(時価約七二万円相当)を強取し、同人を同月一七日午後一一時二五分同市楽音寺二六三番地貴島病院において右銃創に基づく心臓機能障害(いわゆる心嚢血液タンポン)のため死亡するに至らせて殺害し、

第二、(一) 同月六日午前一〇時過頃北九州市若松区脇田海水浴場の休憩所「大黒屋」こと上野哲夫方において同人所有にかかる実包六発装填のドイツ製小型拳銃一丁、現金約五〇〇〇円指輪および腕時計各一個(時価合計約二四万円相当)を窃取し

(二) 甲(当一六年)乙(当一八年)と共謀のうえ同三九年六月二八日午後一一時三〇分頃同市同区大橋通り河童横丁前路上において、山口勇夫所有にかかる軽貨物自動車一台(時価約一六万五〇〇〇円相当)を窃取し

(三) 丙(当一七年)と共謀のうえ、同年九月一五日午後一〇時頃同市八幡区則松西区西中島兼竹ブロック工場内広場において兼竹清実の所有にかかる軽四輪貨物自動車一台(時価約二五万円相当)を窃取し

第三、法定の除外事由がないのに同年八月六日から同年九月八日頃までの間、北九州市、大阪市、福岡県宗像郡宗像町、福岡市等において前記第一記載のドイツ製小型拳銃一丁を所持し

たものである。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人の判示行為中第一の強盗殺人は刑法第二四〇条後段に、第二の各窃盗は、同法第二三五条(なお判示第二の(二)および(三)についてはさらに同法第六〇条)に、第三の拳銃不法所持は銃砲刀剣類等所持取締法第三一条第一号、第三条第一項に各該当し以上は刑法第四五条前段の併合罪である。

そこで判示第一の強盗殺人の罪について前掲各証拠および、当公判廷において取調べた一切の証拠に照らし、選択すべき刑につき検討するに、本件強盗殺人の罪は要するに自己の僅かな金銭的利欲の満足のために、さながら路傍の虫けらを踏みつぶすが如く平然と敢行されかつ、計画的な強固な殺意に基づいて、善良な市民の尊い生命を奪い去つた冷酷無比の犯行というほかはない。本件は或観点からすれば例えば鋭利な刄物で滅多突きした場合におけるような一瞬目を覆う残虐さはないかのように見えるけれどもそれは、犯行に使用した兇器が、強力にして最も危険な拳銃であつてかつ、被告人の周到な計画に基づく、微塵の狼狽さえ見せない大胆不敵な犯行態度によるものであり、一片の良心的かしやくさえうかがえない被告人の反社会性にむしろ慄然たらざるを得ない。なお右拳銃には六発の実包が装填されていたのにかかわらず、被害者に対し一発を発射したのみでいわゆるとどめをささなかつた点は被告人のため利益に観ることもできるようであるけれどもそれは被告人がさらに拳銃を発射するまでもなく「子供がいるから助けてくれ」と哀訴歎願し、金品を差出した被害者から容易に金品および自動車を強奪できかつ自己が大阪府外に逃走するまでには被害者が死亡するであろうと判断しなんらちゆうちよすることなく沈着冷静に行動したためであつて、同じく被告人の大胆不敵さを物語るものと観るのが本件の真相に迫るものと考えるものである。他方、被害者は妻と一三歳、一一歳、四歳の男の子供三人の五人家族で貧しいながらも一家の柱として真面目に働き、幸福な家庭を営んでいた善良な市民であつたが、なんらの罪とがなくして、被告人の僅かな利欲のためその餌食となつたものであり妻子は一瞬にして幸福な家庭の支柱を奪われ、被害者が本件において受けた恐怖、さらに辛うじて生存した一両日間に被害者の受けた精神的、身体的苦痛はいうまでもなく、後に残された妻子の心痛たるや察するに余りあるものである。

本件が、乗客に対して背を向けて全く無防備の状態におかれることを余儀なくされるタクシー運転者に与えた恐怖はいうまでもなく、社会に与えた衝撃も極めて大きく決してこれを見逃がすことができないのであつて、以上の諸点に徴し、被告人の罪責はまことに重大であるといわなければならない。

被告人は判示のとおり中学卒業後本件犯行に至るまでほとんど正業についたことはなく、勤労意欲は皆無に等しく、一年三ヵ月余の矯正教育も被告人にとつては全く効果は見られず通常少年に見られない行動半径の大きい放浪癖と相まつてその犯罪的傾向反社会性は高度に進行しておるものと認められ、被告人が両親の深い愛情に必ずしも恵まれなかつたようであること、被告人が本件犯行時一八歳七ヵ月余であり現に少年であることなどその他あれこれ考えられる被告人にとつて利益な情状をすべて考慮するも、被告人に対しては極刑をもつて臨む以外にない。

よつて、右強盗殺人罪につき死刑を選択し同法第四六条第一項を適用して没収を除く他の刑を科さないこととし、被告人を死刑に処し、押収してあるドイツ製小型拳銃一丁(昭和四〇年押第八九号の九)同拳銃実包四個(同号の七および一〇)はいずれも右強盗殺人罪の犯行に供し又は供そうとしたもので何人もその所持を許されないものであるから同法第一九条第一項第二号、第二項によりこれを没収し、押収してあるトランジスターラジオ一台(同号の三)腕時計一個(同号の四)はいずれも右同罪の賍物であつて、被害者に還付すべき理由が明白であるところ、被害者は死亡しているから、刑事訴訟法第三四七条第一項によりこれを被害者の相続人渡部豊子、同実、同規之、同寿光に還付することとし、訴訟費用は同法第一八一条第一項但書により被告人にはこれを負担させないこととする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 小川四郎 裁判官 山路正雄 裁判官 平井重信)

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